So-net無料ブログ作成

学校嫌悪。 [たとえ話]



人間がその土地その土地の風土に合せて生きる……もし

もそれとまったく同じ次元で(直に生き方だけを教えている

ような)教育があるのなら、そこでは

「学校に対する嫌悪」

のようなものは、ほとんど生まれてきません。




誰かと一緒に何かを学ぶときに

(こいつはイヤだ)

とか

(あいつにひどいことをされた)

とかいった恨みつらみがうまれるにしても、それはその誰

かに対する嫌悪や怒りであって

(教育が悪い)

だの

(学校が悪い)

といった話にはなりません。




学校嫌悪とか教育に対する恨みとかが出てくるのは、単に

(学校でイヤな目にあったから)

ではなく、学校が持っている

(強制の要素)

教育が人間の生き方を決めていこうとする、その意図性に

反発するからでしょう。




人間同士には、合う・合わないの問題がありますから、ただ

(学校という場所で嫌なことがあった)

というだけなら、学校の存在はほんのキッカケで、それ自体

は問題になりません。




でも、学校が意図的に子供たちを集めて、或る型を強制する

組織になると、生徒同士の間で起こるイヤなことと、学校の

存在そのものとが段々ひとつに重なってきます。




        abumi.jpg


     【 相談できて、腕がいい。】
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

この広告は180日新規投稿のないブログに表示されます