学校という洗脳。 [たとえ話]
学校って、結局競争するところじゃないか。勉強が第一だ
ろうけど他にもとにかく何やかやと競争する……そういう場
所が学校だ……と思い込んでいたのが
(競争とはなんだか関係がなさそうな)
そんな友人が出来てみると、見方が変わる。
ほとんど勉強をせず、その他のことでもあんまり競争をしな
い……それでいて、やっぱり確かに何かの魅力がある友人
が、当たり前のように学校に通ってきていることの不思議さ。
そういう不思議さを一度でも感じたら、それはもう
(学校という洗脳)
が解けていくキッカケだと言えます。
競争の場所……として刷り込まれた
(学校の観念)
に、実は何か異質なものが含まれているような、意識の深
いところでの発見です。
もちろん
(人間はみんな学ぶじゃないか)
という意味での勉強と、その決まった場所(つまり学校)が
あるのは何も問題ではありませんけれど、わたしたちがす
ぐに思い浮かべる学校の形は
(近代という時代の価値観)
を反映したものです。
【 え? エレベーターで歯を抜くんですか?】